「うおーっ、すげーな、足が耳にくっついちまったよ」
居酒屋『話簡単』の店内。筋肉乳房@みかが片足で立ち、もう一方の足をまっすぐ天に向かって伸ばしている。その足は頭にぴったりとくっついてさながら一本の矢の様に見える。常連達の喝采を浴び乍らみかは得意満面だ。
「へへ、こんなのは序の口、柔らかいのは身体だけじゃないよ」
そう言うとみかは口をあんぐり開けて見ているあっこ姫の箸を取り上げ、口の両端に突っ込んだ。
「百面相でござーい」
箸をぐるぐる回し乍ら顔をグチャグチャにしている。
「おいおい、どうもてーへんなとこへ来ちゃったみたいだな」
「なにいってんだいあの子、ぶーたーろう好みじゃないか」
「びしばし、あの子はいいけど、後は変な奴ばっかりだ」
「わたしここ気に入ったワ。変人の匂いがぷんぷんする」
「ばかやろう、この筋肉乳房、幾らからだが柔らかくったって、なんの役にもたたねーじゃねえか。俺なんて佃島三重苦競争、完走して印篭貰ったんだぞ」
「うるせいじょー吉、この筋肉馬鹿が。みかだってお堀で溺れていたやつ助けたんだ。泳いで走って人力車引くなんて馬鹿でも出来る」
「なにおー!」飛脚@じょー吉がみかに飛びかかった。始まる取っ組み合い。
「おいおい、おめーら止さないか。始めてみえたお客さんが顔を丸く、いや目を丸くなすってるじゃねーか!おめーら常連が毎晩大騒ぎするもんだから、近頃新しい客人がこやしねぇ。すいませんね、どうも騒々しくって」
「い、いや。面白い店でござるな」気取って越後屋。
「ねぇ、びしばし。ここのオッさん、どっかで見た事無い?」
「うーん。わかんないな。えいちゃんの知り合いに似てるの」
「、、逢った事あると思うんだけど、、思い出せないワ」
「お客さん達、うちは始めてですね」
「左様、銭禿親分に言われて参った」
「ほーう、銭禿の御紹介か」
「そうよ、あのハゲが行けば分るって。一体何が分るのかしら。あのハゲ勿体ぶって」
「どうぞこちらへ」
おやじは三人を奥へ案内した。
狭いと思えた店内には意外な空間があった。
「あれ、かやが吊ってある、怪しいな」びしばしが素頓狂な声をあげた。
奥は入り口あたりと違って畳引きの部屋、その片隅にかや張りの小部屋がある。
「さぁ、お入りなすって」三人はおずおずとかやの部屋に入った。
おやじは三人の前にどっかと座ると、エイズローを見据えた。
「やい、エイズロー、おめーいつも親分の事をハゲと呼んでるのか」
「エッ!なんで私の名を知ってるの」
「てめーら、両の目開けて良く拝むんだ。このすだれ頭が目に入らねーか!」
おやじは勢い良くカツラを取った。
「あっ、銭禿親分!」
「そうよ、だがな、銭禿は世を欺く仮の姿、闇のお庭番『必立つ隠歩しごき人』の頭『へるぺすあきら』とは、俺の事だ!!」
「な、なによ、このオッさん、頭変じゃないの」
「な、なんでござるか、その『隠歩しごき人』というのは、、」
「将軍様からの御指示を我らは秘密文書『隠歩渋る』、すなわち『密書隠歩渋る』で受け取る。そしてこの世を乱す輩をしごきまくる。それで『必立つ隠歩しごき人』と呼ばれる様になった」
「、、、?」
「ここに先月将軍から発せられた『密書隠歩渋る』がある。読み上げるから謹んで聞くが良い。『おはよう、へるぺす君。』こら!頭が高い。低頭して聞かんか!」
密書隠歩渋る 指令第伍号
『おはよう、へるぺす君。君も知っての通り今幕府内では開国派、鎖国派に別れ表舞台裏舞台で大変な争いが展開されている。わしとしては将軍家さえ安泰であればどっちでもええこちゃ、大いに議論してどーなりとしたらええと思う。しかし重臣の中には国益を顧みず、自らの既得権益を守り、将来の利権を得んとして画策するものもいる。筆頭家老「鉄仮面」はその最たる者、極右思想の持ち主で民衆を数々の法律で縛り付け、また国の防御を一層厳重にし、外国との接触を一切断ち切ろうと目論んでおる。
先日「日本全国、義務列島化」と言う建白書を上申して来た。これは日本古来の自由でおおらかな気風を失わせるのみならず、国防権益をすべからく己の手に握らんと言う陰謀が見え隠れする物。そこで君の今回の任務だが、この鉄仮面@義務列島 計画を阻止する事にある。
例によって君もしくは君の仲間が、敵に捉えられ窮地に陥っても、わしゃ一切知らんのでそのつもりで。ほな頑張ってや。尚この密書は自動的に消滅せえへんから、適当に始末してちょ。 将軍 (^o^)v 』
「と言う訳だ」
「将軍って関西人?」
「そんな事はどうだっていい、エイズロー。やい越後屋、密書隠歩渋るを聞かせたからには協力して貰うぜ」
「銭禿の、、いやカシラ、そりゃなんだっていたしますが、どうしてあっしらにこの話を」
「バカチコが老中鉄仮面の指示で動いている事がわかった」
「バカチコが!?そうだったの、やっぱりね、変だと思ってたワ。あら、びしばし、どこ行くの?」額を寄せ合い話し合う越後屋達の横でびしばしがそろりと立ち上がった。
「、、恐い。俺身体弱いし帰らして」
「そうはいかねぇ、おめーにしかできねえ事があるんだ、危ないこっちゃねぇから安心して座んな」おずおず座るびしばし。
「詳しい話をする前に『必立つ隠歩しごき人』を紹介しよう、そろそろ皆揃った頃だ。おい、せんべい!」
「なんだよー、せんべいじゃないよ、あっこだよ」
「エーッ、この小娘もしごき人でござんすか!?」
「新入りだ、おもろい奴だから入れた。それにこいつの身体はぺちゃんこ、どこへでも滑り込める」
「まぁ、可愛いワ」
「よく言われる」(ばしっ!)
「おい、せんべい。しごき人をこっちへ呼べ、他のお客さんには『変人会議』をするからって言ってかえってもらえ」
「あいよ」
かやの小部屋から奥座敷に移って暫く待つと、ゾロゾロと仕事人が入って来た。
「オウ、皆揃ったか。こっらが越後屋こと鞍馬てんぶーこと周山海、エイズロー、そしてびしばしの『てんぷく御三家』だ」
「何よそのてんぷく御三家って」
「名前が有った方がわかりやすい。三人合せていちにんめーだ」
「毛、カシラったら」
「さて、じゃぁこっちの端から紹介していこうか。頭は悪いが足の早さなら大江戸一番、飛脚@定吉(じょーきち)だ。」
「やいやい、頭が悪いとは余計な一言。よろしくな!」
「お次は筋肉ちぶさ@みか。身体の柔らかさは天下一品だ」
「まいど!柔らかいだけじゃないよ、力もあるよ、見てこの筋肉!」と二本の腕を突き上げる。
「骨は弱いけどな」
「わーッそれは言わないで!やっと立ち直ったんだから」
「そのとなりは杉田玄白の教え子、名医@薮数先生だ。」
「どうも、、、いて、いてて」薮数は挨拶し乍ら首を押さえた。
「どうなすったんですか先生」と越後屋。
「いやァ、最近首を痛めてね。どうにもならん。どこかに良い医者はおらんか」
「大丈夫?この先生、、自分の首も治せないんだワ。ヤブ医者?」
「こらっ、エイズロー、滅多な事言うんじゃねぇ」
「いやわしは薮にもならないタケノコ医者だ、いて、いてて」
「何をおっしゃる先生、薮数養生所は評判聞いた患者でいつも満杯、朝の早くから行列が出来てるじゃないですか」
「ほんに、有り難い事だ、いてて」
「先生、先生の肩には霊が着いてるよ。俺が良い祈祷師を紹介してあげる」
「コラ、びしばし、とーしろがえらっそうな事言うんじゃねぇよ。先生のお隣に座っている御仁はな、祈祷、占い、厄払い何でもこいの生臭坊主、錯乱坊@寂尊だ」
「えへ、寂尊だす。えへ、ぎゃははは」
「ワーびっくりした、なんか黒いもんが座ってると思ってたら、人間だったんだ」
「そう、闇に紛れて悪人を呪いしごく、恐ろしい男だ。酔っぱらうと笑い声がでかくてすぐ見つかってしまうが、、」
「ギャハハハ、そういう事!でも見つかっても大丈夫、そういう時には最強の格闘技『武拳』を使う。怨狂の術、召命の術、なんでもござれだ!ギャハハハ!」
「本当に皆『闇のお庭番』なの?ただの変わりもんにしか見えないワ」
「何を申される、我らは厳しい修行を積んでお庭番となった。世に仕事人、仕掛人多数あれど我ら程文武両道極めた者はいない。
わしとてかの高名なる平賀源内先生の教えを乞い、数々の発明を行って『べんちゃら商売』の旗手と言われた男、それを掴まえて変わりもんとは、、そもそも、我が頭脳集団『木偶の坊主(デクノボウズ)』は大江戸中より、、、」
「おい、誰か止めろよ、朝迄喋ってるぜ」
「定吉、ほっとけ。げんなりさんは相手が眠っていてもずっとその魂に?語り続け洗脳する御仁。だから『相手革命』の雄とも呼ばれるんだ。そしていつも眠り乍ら洗脳されているのがこの男、本当のお庭番、植木屋@鮫金だ」
「・・・・」
「おい、鮫金!」
「・・・・」
「寝てるよ、鮫金」鼻の穴に紙を突っ込んだまま、筋肉@みかが覗き込んだ。それを見てのけぞるてんぷく御三家。
「ちょっと、何してんの、あんた」「ちゅーこく手品アルか」「まともじゃないよ」
「鼻腔を鍛えてるの。私の鼻は犬並よ」と言い乍ら正面に座るびしばしに鼻を近付けた。「くんくん、成る程。あんた今日はあいちゃん弁当で『オクラのおかか和えかぼちゃ
の鶏そぼろあん』食べたでしょ」
「えーっ!そんな事迄分るの!」
「へへ、日々これ鍛練」鼻に紙を突っ込み乍ら今度は箸を食わえた。
「ギャハハハ」それを見て錯乱坊が大音声で笑いはじめた。
「そもそもエレキテルなる物は電気鰻と雷様、これがなくては、、」
「痛い!首が痛い。医者を、医者を呼んでくれ!」
「あー走りたい!走りたい!走りたいっ!」定吉は立ち上がると座敷の回りを走りはじめた。「うるさい、座ってろこの筋肉馬鹿!」「なにおー骨折ちぶさ、喰らえ!定吉スペシャル@手のひらパーンチ」定吉は手のひらをみかの背中に叩き付けた、と思った瞬間みかは素早く飛び退いて、空を切ったその手が勢い余ってエイズローのハゲ頭にあたった。『パッチーン』
「いたたたっ。何すんのよ!いやーん毛(もう)、二十本は抜けたワ!」
「ギャハハハ、髪は短い友達。供養して進ぜよう。『南無奇手烈法蓮結構、沙与那羅毛髪、魂日刃下覇禿、、』」
「ぶーたろう、もう帰ろうよ、恐いよ」
(ばっしーん!)「うるせーい!てめーら皆大人しくしろ!今夜は宴会じゃねぇんだ!」いつの間に手にしたのか、カシラはハリセンを打下ろした。響き渡るハリセンの音にさすがの変人達も鎮まった。
「全くもう、見ろてんぷく御三家、余りの騒ぎに固まっちゃてる」
「いや、おもしろーい!気に入った。あっしはこんなの大好きでござる。毎晩こんなに騒げるのなら!この越後屋、頭に命、お預け致しまするぅ!」「よっ!H小屋」
「大見得きってどうする。しごき人、後二人か、、遅いな」
「ごめんなさーい。遅くなっちゃった。」
「ぎゃー、この娘裸だワ」
歩く色香@千鶴がへそ出しミニ着物ルックで現れた。普段着物しか見る事の無い弐百年前の人々にはその姿が裸にみえても無理は無かった。
「失礼な、ちゃんと着てるわ。痔永安藤阿留先生の最新作よ」
「うおーっ!なんと色っぽいのでござるか!越後屋、しごかれたい!!」
「おお、紹介しよう、色仕掛けでどんな機密も聞き出してしまう、歩く色香@千鶴だ。」
「よろしく皆さん、せんずると書いてちずるよ」
「『せ、せんずる』、、あっ、あっ、あっふ〜ん」エイズローが突然悶え出した。
「なんだよこいつ、気持ち悪いなぁ。もう一回ジョースペシャルお見舞いしようか」
「あっやめて、わたし靱帯切って仁丹食べてるの」「?」
「そろそろ本題に入ろうか」
「カシラ、もう一人いるんじゃねーんですかい、しごき人」と越後屋。
「いるにはいるんだが、、いつもほっつき歩いてる、、」
「そう、おかみさんはいつも脱走中。捜してこようか」
「コラ、定吉余計な事をするな。あれがいると五月蝿くてたまらん。あいてて、、」
「薮数先生はおかみさん苦手だもんな」
「そろそろ帰って来るよ、これにえすけーぷ@おかみさん、産休中の駕篭かきの元締め@ガタコを加えて総勢11人。バテレン世界でも『大海(おーしゃんず)えれぶん』といやァちったァ知られた面々だ」
わぁわぁと変人どもが大騒ぎをしている頃、白金にあります代官鉄仮面の屋敷、何やら人相の良くない者共が集まっております。
「で、バカチコ殿、女は何人集まったのじゃ」
「へい、おおよそ三十人」
「三十とはまたずいぶん少ないのぅ」
「越後屋を隠れみのに、女をかどわかしておりましたが連中にばれて少々仕事がやりにくくなりまして、、」
「わしが建白書『義務列島』を上申してそろそろ一ヶ月が立つ。重臣への根回しもほぼ終え後は将軍の御裁決を待つばかり。
台場建設が決まってからでは遅いのじゃ。一刻も早く建設予定地に『水前(うおーたーふろんと)遊戯場』を立ち上げねば、、家臣@喪黒福造、建物建造の案配は?」
「ははぁ、御家老様御推挙の土建屋が左前になりまして、少々遅延気味ではありますがもう半月もありますれば完成致しまする」
「言い訳を申すな!半月とな?遅いわ、どうせ作ってもすぐ取り壊すのじゃ、格好だけで良いと申したではないか、後五日のうちに完成させよ!バカチコ殿、承知したな、遊戯場は五日後に完成する。それまでに女、後三十人集めよ」
「ははぁ」
「さて、密書にもあった通り俺達の標的は筆頭家老鉄仮面だ。植木屋として家老の屋敷に入り込んだ鮫金の情報では、鉄仮面江戸湾に浮かぶ島々を自分の物にしちまったらしい。元々人も寄りつかねぇ無人島だ、やつの力を持ってすれば簡単な事。そこに奴は遊廓、水前(ウオーターフロント)遊戯場の建設を始めた。バカチコに命じて女を集めてるのはそこで働かせる為だ」
「なんだってまたあのお固い鉄仮面が遊廓なんぞを作る気になったんじゃ、第一、海を越えて行かんでも遊廓ならばここかしこにある。あいて、いててて、、、」
「薮数さん、奴の本当の目的は遊廓なんかじゃねぇ。『義務列島化』計画を推進、異人を徹底的に排除し、国防をより一層強化する。その切り札が江戸湾砲台建設計画なのだ。」
「海に大砲並べるのか」
「そうだ、定吉、湾に浮かぶ島々に台場を建設、大砲並べて外国に睨みを効かせる」
「だったら遊廓なんか作らないで、さっさと砲台作ればいいじゃん。まさか女達に工事やらせるんじゃないだろうね」
「みか、おめーならともかく、普通の女にそんな事出来るわきゃねぇ。島を自分の物にしといて、お国に高く売り付けようって魂胆なのさ」
「ただの無人島なら二足三文、遊廓作って商売装えば『商業地』として高く売れる。公共事業の情報を先取りして土地を占有、売却益を得る、木っ端役人の考えそうな事だ」
「さすがげんなりさん、幕府の中には開国派もいるが動きは遅い。このままでは鉄仮面の思うつぼ。そこで俺達が奴の弱点、汚点を探し出し失脚させる。これは俺達の得意とするところ。が、もう一つ俺達だけでは掴みきれない闇の動きがある。越後屋、瓶裸伝の話を聞かせてやってくれ」
「へぇ、その話は私、周山海に相成りまして、、はなすあるよ。私実はちゅーこくじんあるよ、この国たくさんのちゅーこくじんいるあるよ」
「急にキャラ変えるなおやじ、なにいってるかわかんなーい!」言うなりミカが越後屋に飛びかかった。
「おう、きれいなねえちゃん、私好きあるよ」抱きとめる越後屋(周山海?)
「やめてくれー、触るな、エロおやじ!」暴れるミカ。
「うるせーな、寝てられやしねぇ、静にしろ」鮫金ムックと起きるとミカの頭に手元の冷酒をかけた。
「キャー、冷たい、なにすんのよ」
疲れ果てたカシラ、銭禿はただ呆然と見ていた。
「ちょっと待ちなさいよ、悪いのは越後屋、H-小屋だわ」
千鶴、鮫金の前に仁王立ちになりまして、これがまたなんとも色っぽい。すらっと伸びた長い足が白く輝いておりまして、これを見た越後屋、思わず足にしがみついた。
「わぁー、生足。たまらんでござる」
「きゃぁー!すけべ!千鶴スペシャルかかと落とし!喰らえ!」片方の足を高く上げるってーと、それを一気に越後屋の頭に落とす。
「いてー!」
「あら、なんか見えたワ、見ちゃったワ、エイちゃんもうたまんない、あーん」
越後屋、エイズロー気を失っちまいました。
「鮫金!ミカはなんもしてないぞ!一升瓶ぶっかけてやる」
「ま、待て俺が悪かった。越後屋にかけようと思ったんだが、間違えた」
「何おーっ!?間違った事の方が許せんっ!こんなおやじと一緒にするなぁぁぁ〜…!」ミカ、一升瓶むんずと掴むと一気に鮫金に浴びせかけた。
『ぷわっー』哀れ鮫金ずぶ濡れ、長い前髪がべったりと広いおでこに貼り付いた。
「あっ!げげげの鬼太郎が銭ゲバになった。銭ゲバだ、銭ゲバだ」定吉がはやし立て乍ら狭い部屋を走りはじめた!
「かーつ!喝!喝!喝!」その時鳴り響く錯乱坊の大音声!
「静にせんか!もう夜も更けておる。わしは明日早朝境内で子供を集めて裸寺男体操をするのじゃ、早く話を進めてくれ。」
「そうよ、うちの養生所も朝五時からジジババが行列を作る、あいてて、て、首も痛むしわしゃもう寝たい。」
「さぁ、皆座って!越後屋、話を、、ややこしい言葉は使うな」
「へぇ、では頑張って越後屋でお話致します。この国には沢山の中国人が入国致しております。その殆どが密入国の不法滞在者、かく言う私めもその一人。
人目に付かぬよう闇に紛れて暮らしておりますが、その生活の実態は筆舌につくせぬ悲惨なもの。我らの様に何とか日本人になりすまし、蓄財出来たひとにぎりの輩が金品の差し入れを行っておりますがそれにも限度がある。
阿蘭陀、葡萄牙(ポルトガル)に出島を解放したごとく、隣国中国にも解放区を、、と皆さん御存知の様にお代官黒切札様に取り入ったりしているのでござる。
ところで皆様、中国大陸には匪賊と言う集団がいるのを御存知か?」
「うむ、ヒゾクとは集団で略奪・殺人・強盗などを行う賊。馬を駆け村から村を襲い、悪行三昧の末焼き尽す。ジンギスハーン一党の生き残りともいわれ、古くは、、、」
「おいおい、げんなりさん、また始まっちゃったよ」
「もう誰にも止められない。このお方は喋り乍らでも人の話を聞く事が出来る、ささ越後屋、続けて」
「へぇ、その匪賊の中に或怪蛇と名乗る一族がござる。これを率いる瓶裸伝と申す男は三国時代の雄、劉備の血を引きその一族は絶大なる資産家。
しかしこの男は酒池肉林、放蕩三昧の一族を嫌い一人国を出て或怪蛇を組織、反帝国反資産家を標榜して祖国、資産の人民への解放を目指し活動を始めたのでござる」
「素敵な人じゃない、お金持ちで貧乏人の味方、千鶴のタイプ」
「ところがこの男、冷酷非情、目的の為には手段を選ばぬ。必要とあれば女子供でも容赦なく命を奪う、、それは恐ろしい男でござる。
この男が日本に於ける同朋の惨状を聞くに及んで、出雲の国に上陸したと言う。」
「なに!こ奴めが日本に入ったと申すか!あいてて、てて」
「左様、その上陸は二ヶ月前、奴らは密かに江戸に向かっているはず、いやもう既に数人は江戸に侵入、来るべき卍日(Xデイ)に向けて活動を始めているやも、、」
「そりゃぁてーへんだ!この定吉様が大江戸中走り回って探し出してやる!」
「あちきも行くよ!」
「おいおい、待てよ、全く定吉もミカも座れってんだ。手掛りもなく奴らが捜せるものか。これから我等『必立つ隠歩しごき人』 の情報網を張り巡らせて手掛りを掴む。」
「情報網とは、、」
「うん、越後屋。この関東には何千と言う駕篭かきがいる。
奴らは街道、裏街道、路地に至る迄毎日蜘蛛の巣を巡る蜘蛛の様に走り回る。」
「あぁ、だからクモ助って言うのね」(ばしっ!)「こらっ!エイズロー!差別用語を使うな」カシラのハリセンが飛んだ。
「一声駕篭かき連に声をかければどんな情報でもこちらのもの。しかし奴らは皆一匹狼、簡単には動かねぇ。それが出来るのが駕篭かきの親分すっぴん@ガタコだ。」
「しかし、あいつは今産休中、しかも秩父の山奥に引っ込んで百姓やってるそうじゃないか」
「薮数さん、ガキが出来たと言ってしごき人魂を忘れるようなやつじゃねぇ。事情を知ればすぐに動くさ。さぁ定吉、腕の、いや足の見せどころだ。ここに地図と手紙がある。すぐに秩父へ向かえ!そして駕篭かき連に宛てたガタコの指示書を貰って来るんだ。おう、やつの血判、いやケツ判も忘れず貰えよ!」
「合点だ!」
「せんべいとミカ、千鶴は鉄仮面の周辺を洗え。やつの弱点を見つけるんだぞ。
鮫金、錯乱坊はバカチコの行方を探ってくれ。薮数さんは俺と一緒に明日げんなりさんとこで作戦会議だ。越後屋とびしばしも来てくれ」
「私はどうすればいいの?」「エイズローは決戦に向けて頭でも磨いてろ」「まぁひどい、自分の方が禿げてる癖に!バカにして!でも私、負けないワ、まっ、毛ないワ」
浅草、浅草寺の境内。夏祭りの真っ最中、大勢の人出で賑わっております。そこへやって来たのが同心@ムコ殿と目明かし@ゴリ平の二人。
「やンなっちゃうな、くそ暑いのに祭りの警備だなンて」
「ゴリ平、ぼやくな。これも大事なお勤めだ。家でかぁちゃんに嫌み言われるよりはましだよ。せいぜい祭りを楽しもうぜ、お、見ろよ、あっちで女相撲大会をやってるぞ、えへ、おねぇちゃんがふんどし締めて相撲取るンかな、行ってみようぜ」
何を勘違いしているのかムコ殿、涎流してへらへらと会場へと向かった。
「ほー、本格的だな。のぼりが沢山出てるじゃねえか」
「ほらムコ殿、こっちには歴代横綱の肖像迄飾ってありますよ」
「どれどれ、ありゃ、こりゃどっかで見た顔ばかりじゃねえか」
「本当だ!初代横綱りえママ。二代目ガタコ。三代目のりたま、コリャ皆変人仲間だ!」
「ところ構わず出てきやがるな」
「何でダメなんだよ、あたいも出しとくれよ、あたいも出たいよ」
「ダメだダメだ、酔っ払いはあっちへ行け!」
「酔ってなんかねーよ、あたいも相撲に出しとくれよ!」
「なんかモメテやすぜ、あっちだ、行ってみましょう」
ゴリ平が指差す方を見るってーますと小柄だが体格の良い(物は言い様)若い娘が、入り口で男と揉み合っている。
「こんにゃろー!あったま来た。このひとみ様が投げ飛ばしてやる」
「お、おい、何をする!や、やめろ!降ろせ!止めてくれ!」ひとみと言う小娘、大の男を軽々と持ち上げるとエイヤッ!とばかり投げ飛ばした。
「こらーっ!何を暴れてやんだ!やめねーか!」ゴリ平、ひとみを羽交い締めにしようと後ろから抱きつくが身体が大きくて手が回らない。ゴリ平の手はひとみの巨大な胸をわしづかみにしてしまった。
「キャ−スケベ、何するんだよ」その手を振りほどくとひとみは張り手をかました。吹っ飛ぶゴリ平。「止めんか、暴れるな、大人しくするんだ」へっぴり腰でムコ殿がむかう。
「なんだよ、こんなか弱い娘を男が寄ってたかって虐めるなよ!もういいよ、相撲は止めた。酒飲もっと。ほらどけどけ、ひとみ様のお通りだ!どすこい!どすこい!」
騒ぎに集まった野次馬を「どすこい」のかけ声とともに次々なぎ倒し乍ら、ひとみは姿を消した。
「ふーっ、恐ろしいやつだな」「いてて、あいつ思いっきり張り飛ばしやがった。」
「おっ!ゴリ平、顔が腫れてるぞ、頭もでかくなってる、、元からか」
「放っといて下さい、かまわんじょって」
「しかし良いもんだな祭りは、見ろよ屋台が沢山並んで子供達が大喜びだ。こんな平和な江戸を俺達が絶対守らにゃいかん!」珍しくムコ殿殊勝な事を言い、ゴリ平と二人十手をもてあそび乍らのんびり祭りの人並みを歩いて参ります。
「あら、そこの十手を持った素敵な兄さん。良い人にかんざしのおみやは如何?」
「素敵な兄さん?俺の事か?」ムコ殿、女に声をかけられて振り向くとかんざし屋@かめが立っていた。
「まぁ、良い男。いえね、後ろ姿があまりに素敵なんで、思わず声をかけました。思った通り良い男!」
「嬉しい事言ってくれるね、おめーはかんざし屋か?」
「ええ、とっても素敵な品が入りましたの、どうぞお店を覗いてくんなまし」
「よし、行こう」「ダメだダメだムコ殿、高いかんざし買わされますよ。行きましょ」
ゴリ平、ムコ殿の袖を引っ張ります。
「なによ、折角旦那が寄って下さると言うのに、商売の邪魔しないで」
「俺達はお勤め中だ、そっちこそ邪魔すんねぇ!さぁ、行きましょう、ムコ殿」
ムコ殿しぶしぶ付いて行きます。
「もおーっ!このでか頭のうすらトンカチ!」
「うるせい!カメは竜宮城へ帰んな!」
「ムコ殿、腹減りましたねぇ」
「そうさなぁ、嫁さん機嫌が悪くて朝飯食わせて貰えなかった、、何か食おう!ゴリ平、たまには奢れ」
「何言うんですか、上司が部下に奢れとは!勘弁して下さいよ。おっ良い匂いがして来た、焼そばですぜ、どうですか?」
「良いなぁ焼そば、うん食おう食おう、奢ってくれ」
「しつこいな、そば代くらい自分で出しなさいよ。よっ、おやじ、焼そば二つ」
「へいっらっしゃい!ようこそ『しゅん』へ!焼そば二丁!」
「おやじしゅんさんってのかい」おやじの手元を覗き込み乍らムコ殿が尋ねた。
「へぇ。」
「この商売、始めたばかりだな」
「えっ!?旦那わかりますか」
「ああ、手付きがぎこちない。もっと流れる様に炒めなくちゃいけねぇ」
「すいません。まだ見習いで。。」
「テキ屋見習いとは珍しい」
「いえ、あっしはテキ屋じゃござんせん。いずれは自分の店出そうと調理見習いで」
「そうか、がんばんな。お、出来たな。こっちへ貰おう。ありがとよ!」
「あっ旦那!お代は?」
「おお、そこの頭のでかいのから貰ってくれ。ゴリ平、頼んだぞ」
「もーう!これだから養子は嫌だ」
「なかなかうめーじゃねぇか」「うめーじゃねぇですよ、昼飯くらい自分で払って下さいよ。」「俺は自慢じゃねぇが昼飯代、まともに払った事がねぇ。いつも『こうもんちゃんそば』か『あいちゃん弁当』に世話になってんだ」
「嫌なお人だねぁ、全く。おっ、何かこっちへ来るぞ。ちんどん屋だ。」
口に喇叭をくわえ両足に鈴、左手で鐘を鳴らし右手で太鼓を叩き乍ら、独りちんどん@くろすがやって来た。
とても一人とは思えない迫力だ。その後ろから小柄な女が両手を口に添えて大声だし乍ら付いて来た。
「よっといでよっといで!南蛮渡来の情熱踊り。迫力満点、オカチメンコ踊りによっといで」
「でけー声だな。ちんどん屋に負けてねぇ」
「あの声は!あっ、やっぱり手稲(ティナ)だ。ムコ殿、あいつですよ、不忍池の端から端迄声が届くという拡声器@手稲、びっくり瓦版に出てたでしょ」
「ああ、読んだ読んだ。それにしてもうるせ−奴だな」
「見なきゃ損だよ、アミねぇさんのオカチメンコ踊り!さぁーよっといで!」
「おい!手稲!俺だ、俺だよ、ゴリ平だ!」
「おーまいがー!噛み噛みゴリちゃん!こんなとこで何してんの?仕事さぼっちゃダメよー」
「バカ言え!祭りの警備中だ。おまえこそ番台ほっぽって、ちんどん屋の真似事とはどういうこった」
「私の踊りの先生、アミねぇさんが祭りに出るんだ、この先で、、もう始まるよ、見においで、そりゃぁもうすんばらしい踊りだよ。そっちの旦那もよってきな!さぁーよっといでよっといで!南蛮渡来のオカチメンコ踊り!始まるよ!」
「ゴリ平、おめ−あのうるせい女と知り合いか?」
「へい、あっしの行きつけの銭湯『掌春湯』の娘でさー。ちょっくら覗いてみますか」
「そうだな、何事も勉強。行ってみるべい」
屋台の並ぶ参道を少し奥に入るってーと、見せ物小屋が見えて参りました。
「おう、ここだ、随分人が集まってるな−。よっ、ちょっくらごめん。道をあけてくれ」「何すんだよ、押すな、押すな。割り込みはずるいぞ、、あっ、これは同心様。失礼しました。
さ、さっ前へどうぞ。おいおめーら同心様がお見えになった、ほら、道をあけてお通しするんだ」
「へへへ、役得ですね。ごめんよごめんよ!同心様のお通りだい」
「この辺で良かろう」人ごみの中程迄参りますとムコ殿、辺りを見回します。
「おっ。おめーは、、しゅんさんと言ったかな、いや焼そばなかなか旨かった」
「これはこれは同心様。おはずかしい、まだまだ修行を積みまして腕を磨きとう存じます」
「えへ、仕事おっぽって踊り見物かい?好きだねぇ」
「いえゴリ平さん、実は踊子のアミ、あっしの女房でして」
「えっそうかい、そりゃ見ねぇ訳にはいかねえな。南蛮渡来って言うけどどこで勉強したんだろう」
「へえ、長崎出島でございます。あっしも今では気楽な焼そば屋ですが、昔は長崎の大店で帳簿付けをしておりました。そこであいつと出逢いまして、、」
「そうか、、おっ、はじまるぞ!」
オカチメンコ@アミゴンが今迄耳にした事の無い音に乗って登場した。その音は、まん中に穴がいている、まるで女の身体のような形をした不思議な楽器から流れていた。
「うおーっすげぇー、なんだいこの踊りは!何か血が騒ぐな!自然に身体が動く!」
ゴリ平はまるでゴリラの様に肩を揺すり乍ら踊り始めた。
「ゴッホゴッホ!旦那、旦那も踊りましょうよ」ゴリ平がムコ殿を見ると、、、ムコ殿はあんぐり口を開けその視線はアミゴンに釘付けになっていた。
「旦那、ねぇムコ殿!アホみたいなツラしてどうしたんですか!?」
「見つけた、、遂に見つけた、、、」「何を見つけたんですかい?」
「えっちカップ、、代官黒切札様が探し求めていた幻のえっちカップ、、
見てみろゴリ平、あの立派な乳房、、まさしくえっちカップだ!おいしゅんさん!俺にちょっと女房貸してくれ」
「な、何を薮から棒に言うんですか」
皆が踊りに目を引かれていたその時、一人の男が空を指差し大声を上げた。
「わーっ!あれは何だ!なんかこっちへ飛んで来るぞ!」
男が指差す大空見上げてみれば、、大きな凧が弧を描き乍らゆっくりとこちらへ向かって来た。
「凧だ、大凧だ!こんなでかいの見た事ない!おう!どんどんこっちへ向かって来るぞ!あぶねー、逃げろ逃げろ!」
「人が乗ってるぞ!あぶねー、ゴリ平、皆をここから逃がすんだ」
「合点だ!そらみんな!逃げるんだ、ここにいちゃあぶねぇー!押すんじゃねぇよ、慌てず急いで慌てて逃げるんだ!」
ゴリ平も舞い上がって訳の解らぬ事を叫んでおります。
「旦那、ありゃぁ中国凧だ!」
「中国凧!?」
「出島で見た事があります。それにしてもでかい!」
人を乗せた大凧は八畳敷はあるだろうか、ゆっくり高度を下げてきた。
「あっ!ぶつかる!五重塔にぶつかるぞ!」
「ぎゃ−!助けてくれ!」
大混乱の境内を後目に凧は五重塔に向けて風に乗る。
「逃げるんだ!ぶつかるぞー」
凧はまるで吸いこまれる様に五重塔にぶつかった。その瞬間、、火薬を積んでいたのだろうか『ドカーン!』と大爆発をおこした。
「わーっ!崩れるぞ!逃げろ、逃げるんだ!」
バキバキ、メリメリ、、黒煙を上げ乍ら江戸っ子自慢の五重塔は崩れ落ちた。
げんなりの庵、銭禿、薮数がげんなりの手元の黒い箱を覗き込んでいる。
「ここに密書を入れてな、この取っ手を回すんじゃ」
げんなりはそう言うと力を込めて回しはじめた。少し経つと箱に立っている二本の火ばしのような棒の間に放電が始まった。
「おーっ、これがエレキテルか」「きれいなもんじゃな」
げんなりは汗をかき乍ら一心不乱に取っ手を回している。放電は続いているがその光はか弱い物だった。「うーん、なかなかぱわーが上がらん、おいたまちゃん、起きてるのか、お前も頑張らんか」げんなりは箱に向かって叫んだ。
「?」「げんなりさん、あんた誰に話してるんだ、この箱の中に小人でもいるのか」「い、いやかしら、この中には多摩川でわしが掴まえたたまちゃんという電気鰻が入ってるんじゃ。
こいつが腹を立てて一緒に電気をおこしてくれんと密書を瞬間移動させるだけのぱわーが出んのじゃ!おい、たまちゃん、頼む電気をおこしてくれ」
「、、、大丈夫かいな、こんな物」薮数が銭禿を覗き込んだ、とその瞬間『どかーん』という音とともに庵が大きく揺れた。
「わー地震じゃ」「危ない外へ出ろ」
揺れはすぐに納まったが空を見上げるともうもうと黒煙が立ち上っていた。
「火事か。ありゃー半蔵門の方だ」「お、俺は見たぞ、大きな凧がお城の方へ向かって行くのを」「凧?」
「そうだ、今迄見た事の無いような大きな凧だ、凧がゆっくりと降りてってそして爆発した」「おい見ろよ、遠くの方でも煙りが上がってる」「おう、ありゃ上野か浅草だ」「一体何が起きたってんだ」「わー、西を見てみろ、凧だ、大きな凧が飛んでくるぞ」「逃げろ、あぶねーぞ」
黒煙はたちまち空を覆い、陽の光を隠した。逃げまどう人々。浅草で、半蔵門でそして今またもう一つ、大凧が何かを狙って舞い降りようとしている。
この平和な江戸に一体何が起きたのか、時は元禄十四年、長月(九月)十一日の事だった。
弐百年前の、、第二部 完